奇術師の密室(リチャード・マシスン)

奇術師の密室 (扶桑社ミステリー)

奇術師の密室 (扶桑社ミステリー)

植物状態の元・奇術師が、この小説の語り手である。
彼は同じく奇術師となった自分の息子とその妻、そしてマネージャーによるドタバタ劇を目前にして何もすることができない。われわれ読者は彼の見るものを見、彼の聞く音を聞く。いきおい読者と語り手との同化がなされることになる。つまり、語り手が驚くときは読者も驚き、語り手が騙されるときは読者もまた騙されるのだ。
彼と私たちの眼前で繰り広げられるのは、奇術を利用した一幕の演劇、ひとびとの騙しあい化かしあいだ。ここで私が『人気マジシャンのマジックのタネ全部教えます!』とかの類の無粋な本を真似する必要はないだろう。サーストンの三原則*1を知っていなければならないのはもはや演者だけではないのだ。
読んで、自分が騙されるのを楽しむ。それこそが本書に限らず、読書の醍醐味であろう。

*1:タネを明らかにしない・同じ演目を繰り返し演じない・何が起こるのか予告しない