Batman: The Long Halloween(Jeph Loeb, Tim Sale)

バットマン映画の次作『ザ・ダークナイト』(来年夏公開予定だとか)の原案となる作品だそうである。出るかどうか分からない翻訳を公開ぎりぎりまで待つのも馬鹿らしいし、ここは一足先に原書を読むのがたしなみだろう。
ちなみにこの"Long Halloween"ではトゥーフェイスのオリジンが描かれている。

あらすじ

ゴッサムシティで日夜犯罪と闘う三人組、バットマン(ヒーロー代表)、ジム・ゴードン(警察官代表)、ハーヴェイ・デント(検事局代表)。彼らの次なる標的は町を牛耳るファルコーネ・ファミリー。
しかしハロウィーンにボスの甥が撃ち殺されたのを皮切りとして、休日にマフィアのメンバーを殺害していく通称「ホリデイ・キラー」が出現、それとともに三人の仲も少しずつ変わっていくことになる。そして悲劇はデントがナンバー2組織のボス、サルヴァトーレ・マローニを証人喚問したときに起こった。父親をホリデイに撃たれたマローニはデントがホリデイと信じており、証言台の上から彼に酸を振りかけたのだ。顔の左半分を焼け爛れさせたハーヴェイ・デントは無意識に抑えられていた暴力衝動を解放し、トゥーフェイスとして覚醒する。

読むにあたって

まず、この物語は「正義漢ハーヴェイ・デントが悪役トゥーフェイスに覚醒する話である」ということをきちんと理解しなければならないし、そのことをきちんと念頭に入れたうえで読まなければ面白さが半減してしまうだろう。デントの発言に含まれるどこか暴力的な指向、彼の顔の左半分が(これからを暗示するように)陰に隠されているシーンの非常に多いこと、彼の吸う煙草の煙が顔を左右に区切っていること……。これらすべてはトゥーフェイスを暗示するものである。
もちろん展開を知っているからといって期待が削がれるわけではない。マローニの証言シーンではいつそれが起こるのかハラハラするし、トゥーフェイスとしての顔が1ページ丸ごとであらわになる場面は今読んでもぞくぞくする。そして三人の友情が疑いとともにギクシャクしていって最後には壊れてしまう、けれども残ったジム・ゴードンバットマンの二人は街を守ることを決してあきらめないさまも非常に胸に残るものがある。

ホリデイ・キラー

ホリデイはいったい誰なのか。これが本作のストーリーにおける軸である。対立組織による暗殺なのか、それとも正義の行われないことに怒る善良な人間の仕業なのか。ジョーカーは「この街に殺人狂は二人もいらねえ」と憤慨し独自の方法でホリデイを退治しようとするし、マフィアもさまざまな方法を駆使して犯人を探そうとする。主人公連も含め街中がホリデイの正体を求め右往左往するさまは異色のミステリといえなくもない。

ヴィラン百花繚乱

本作はマフィア裁判がらみということで一見地味なストーリーだが、実際はヴィランが大量に暴れまわる非常に華やかなものである。前述のようにジョーカーは大いに暴れだすし、マフィアはヴィランたちを使って犯人捜しや通常業務を行おうとする。彼らとバットマンの衝突もまた見どころの一つである。

印象に残る台詞

"what needs to be done"=「されなければならないこと」。本作で頻発する言葉である。
ファルコーネ・ファミリーのボス“ローマン”を撃ち殺したトゥーフェイス/ハーヴェイ・デントは言う。

俺はされなければならないことをした。
賄賂を受け取る裁判官はいない。
消えてしまう証言者もいない。
ローマンは死んだ。俺が殺した。
ロング・ハロウィーンは終わりだ。
(太字の部分はギザギザの吹き出しに入っている。『ウォッチメン』のロールシャッハを見ても分かるように、ギザギザの吹き出しは平衡を欠いた精神の象徴であり、この二行はトゥーフェイスの台詞と判断できるが、その間三行はデント自身の台詞といえる)

ゴッサムの腐敗(賄賂を受け取る裁判官や、いきなり姿を消す証人)に検事として一番心を痛めていたのがハーヴェイ・デントである。トゥーフェイスとして彼は自分の犯罪を言い訳できる。しかし、デント自身は自分のやったことをしっかりと把握している。そして彼はかつての友ジム・ゴードンに自分を逮捕するように言う。そのときの吹き出しの輪郭は、もちろんスッキリと整っている。

なぜ僕はトゥーフェイス/ハーヴェイ・デントが好きなのか

ジョーカーが好きだ。リドラースケアクロウも好きだ。ハーレイ・クインとポイズン・アイビーも、以前は好きじゃなかったけど『ハーレイ&アイビー』を読んで考えを変えた。キャットウーマンは?まあそれなりに。
トウーフェイスももちろん好きなのだが、他のヴィランと比べ好きな点はだいぶ異なっている。おそらくヴィランとしてのはじけ具合以上に、悲劇的なオリジン及びヴィラン転向後に仲間復帰とヴィラン再転向を何度も繰り返すさまがそのウェイトを高く占めているのだろう。
正義の人でありながらもって生まれた性向がトラブルによってあらわになり、転落を余儀なくされたさまは非常に心に来るものがあるし、復帰と転落を繰り返すのはどこかマグニートーと類似を覚えなくもない。そこらへんからそこはかとなく漂ってくるダメ人間臭や、整形手術で左半分を直すと性格も平衡を取り戻すという即物的なところ、行動規範に一定のルールを持っているところなどが、卓越した技術や特殊能力は持たないのにトゥーフェイス/ハーヴェイ・デントが僕を引き付ける理由だと思われる。