『ウォンテッド』原作がかなり出来のいいメタフィクションな件

最近映画館によく行っている。『クローバーフィールド』と『ミスト』をハシゴしたせいで夢に触手が出てきたり、ついに公開されたパワードスーツに興奮してみたり。なかでも面白いのが本編観る前の予告編。変な映画の変さやエモエモしい映画のエモさはすべて予告編で分かると言っても過言ではない。こないだみてステキだなーと思ったのが九月にやるらしい『ウォンテッド』で、これが実に馬鹿馬鹿面白そうな映画。
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ほんでもって原作が実はアメコミというのを知り読んでみたくなったのも、馬が目前の人参を追うがごとく当然の出来事。

Wanted

Wanted


確かに映画化されるのも頷ける魅力的な筋立てだと感じた。だが同時に、これを忠実に映画化するのは、どんな映画監督にも不可能だと確信してしまった。
平凡な会社員がある日謎の美女に出会い、自分の死んだ父親が凄腕の殺し屋だったこと、自分もまた秘密組織の一員として殺し屋にならなければならないことを告げられ、否応無しに状況に巻き込まれていく……。そこは確かに原作も映画も同じだろうが、大きく異なることがひとつあって、それがこの"WANTED"というコミックを類稀なるものにしている。以下スーパーネタバレタイム。

コミックであること、メタであること

"WANTED"冒頭で主人公ウェズレーに明かされる真実は、「父が組織のために働く殺し屋だったこと」「自分がそのあとを継がねばならないこと」だけではない。組織の正体もまた映画とは大きく異なる点だ。明かされる真実はこう――

  • 実は、超人的なヒーローや悪役たちは本当に存在していたのだ。
  • そして1986年、スーパーヒーローとスーパーヴィラン(悪役)の間で全面戦争が起こり、後者が勝利を収めた。
  • その結果、かつて超人たちが実在していたことは闇に葬られた。彼らを知っていた者はヴィランたちにより記憶を消され、その姿はコミックや映画などに残るのみである。
  • 勝ったヴィランたちは自分たちの能力で自らを世間から隠し、かつ安全な形で世界を思い通りに操っている。
  • それが自分たちであり、主人公の父もそのなかで重要な役割を果たしていた。

まさしくコミックならではの設定であり、これらを知った主人公(そして読者)は世界が一転するような感覚を味わうことになる。


そしてここでひとつの疑問が出てくる――なぜ、スーパーヒーローたちとの戦いが1986年に起こったのか?
1986年はそもそもどんな年だったのだろうか。実はこの年、アメリカンコミックスマイルストーンと呼ばれる『ウォッチメン』、また『バットマンダークナイト・リターンズ』がはじまっている。そしてこの二作品後のコミックについて、ニール・ゲイマンが興味深いことを述べているのだ。

「こうした80年代半ばの、興味深いスーパーヒーローの復活は、粗悪な模倣品の発生という問題を伴った。『ウォッチメン』や『ダークナイト・リターンズ』が、大量のつまらない類似コミックを生み出したのだ。ユーモアに欠け、陰鬱で、暴力的で、退屈なクズの山を。」
(『アストロシティコンフェッション』冒頭の献辞から)

つまり……、ヒーローとヴィランの激突がそれら2作品という形で現れ、ヴィランたちの勝利がその後の作品に影響を及ぼした、のであろう。これは僕が現実と漫画をごっちゃにしているのではなく、作者たちが現実を漫画に織り込んでいっているのだ。
この作品もまたゲイマンのいうような暴力的な作品だ。ひょっとしたら陰鬱かもしれない。しかし退屈さなど微塵もないし、ユーモアにあふれている……ときに、かなり下品な。

下品さと

下品であるというのがどういうことかというと、たとえばスパイダーマンにヴェノムってヴィランがいてとめどなくよだれを垂らしている。ハルクなんて力強くなったときは頭弱くなるという、ポリティカル・コレクトネス足りなめな造形だし。それにX−MENの映画観ても分かるように、悪者は見目麗しくないほう。と・ゆーわけで美男美女は大抵ヒーロー、あるいはヴィランに洗脳されたヒーローで、醜悪なキャラクターがいたらほぼ間違いなく悪者。
けど"WANTED"では読者はあまり悩む必要がない、なぜならさっき言ったように登場人物全員悪者だから。そして"WANTED"でも、それら悪者の多くはあまり近寄りたくないステキな造形をしている。
具体的に挙げるなら……

  • Sucker
    • 吸収能力を持つ宇宙人(名前そのまんまだ)。
  • Fuckwit
  • Shit-Head
    • これまでに存在したもっとも邪悪な666人の排泄物から作られた合成人間(まんまだ)。
      • ヒトラーのがちょこっと、エドゲイン少々、ジェフリー・ダーマーのが半ポンド。
    • 得意技はのしかかって赤痢にさせる(悲惨だ)。


これら悲惨な同僚とともに主人公は仕事をすることになる。まさにブラック。スーパーヒーローたちがまだ存在する並行世界を何個も侵略し、「鋼鉄の男*1たちの体に風穴を開け、闇夜の探偵*2たちの喉を切り裂いた」なんてメタな台詞が飛び出してくる。


けれど後半から様相は変わってくる。もちろんそれら下品なキャラは存在しているのだが、組織でのクーデターに巻き込まれ一時お尋ね者("WANTED")になった主人公がどう対処したか、そして父から"The Killer"の称号を受け継いだ彼がどんな決断を下すことになるかがそこでは描かれる。要はヒーローの代替わりや継承を描いた『アストロシティコンフェッション』のヴィラン版だが、そこにあるのは決して下品さだけではない。父と子の絆はたとえヴィランであろうが持っている、そして父が望んだ("WANTED")ものへと子が成長していくストーリーが実は最初から描かれていたことに読者は気付かされるのだ。

メタさ

もちろんこのコミックを「戦闘美女が云々」「世界には実は秘密があって云々」といういわゆるセカイ系的なものとして捉えるのもいいかもしれないし、アメコミ版邪鬼眼だとか無邪気な願望充足コミック(あんなに貧弱だった彼がこんなにたくましく……!)と捉えてもいい。しかしそれよりもなによりも、これはメタな漫画だ。
1986年が云々、スーパーヒーローたちが実在していて云々というのはコミック文脈にアクセスするためのメタであり、クールな表現技法ではあってもあまりメッセージ性はない。読者へアクセスするメタをやるため、主人公は最初没個性的な人間に設定される。
そう、この作品はまず主人公の状況説明からはじまる――自分の親友が自分の恋人と寝ていて自分はそれを知らないこと、上司にいやみを言われこき使われていること、クソガキどもに服装を笑われること、などなど……。彼ウェズレーはこう言う、つまり自分は悪人やなにかではなく、単に悪いシチュエーションにいる普通の人間であると。


本作はそんな普通の彼が悪として、一人の男として覚醒するさまを描いたものだ。が、同時に読者へと語りかけるメタな作品でもある。あまりいいことのないつかみの3ページで主人公に感情移入しその後の冒険を彼とともにした読者は、ラスト2ページの彼の独白により一気に突き放されるだろう。


これがそれだ。

よし、これでいいか?謎が解けて満足したか?まだ若い俺が女と金をモノにして、世界の秘密の支配者に加わってめでたしめでたし、ってか?
なんてこった、バカ野郎が。これは俺の経験から言ってんだ。お前らと同じ哀れな状態にいたときのことがまるで昨日のことのように思えるぜ。


一体なんだってまた、お前らが俺の人生どうなったかなんてことを気にするんだ?
お前らみんな毎日12時間働いて自分を墓に追いつめて、安いテイクアウトでブクブク太って、そんでもってテメエの彼女はほぼ確実に他の奴とヤってやがる。


プラズマTVとすげえDVDコレクションを持ってるからってお前が自由な人間だってことにはなんねえんだよ、ボケ野郎が。そこら辺の家畜野郎と同じくちょっと金払いのいい奴隷ってだけさ。
このコミックだって、俺達がお前らをピシピシ働かせてる間のただの小休憩だね。


世界はずっとこんなだったって毎日思ってたんだろ、違うか?戦争、飢饉、テロ、そして選挙は出来レースって。


でも、今ではもう少し分かってるだろ?スーパーヒーローどもに何が起こったかとか、そんな笑えることを今では知ってるだろ?もう片っぽの側にいる俺がなんで笑うのか、分かるだろ?


お前はこの本を閉じて、なにか他のものと一緒に買うだろうな。俺達がお前らの人生にこさえてやった、でっかくて空っぽな穴ぼこを埋めるためにだ。


これがお前らをコケにしてるときの俺様の顔だ。

このコミックは、主人公ウェズレー・ギブソンが読者に向ける1ページぶち抜きの哄笑で終わる。

*1:スーパーマンの愛称

*2:バットマンの愛称